桂枝雀の「緊緩の法則」まとめ

以前、自分でも笑いのメカニズムについてという記事を書いたのだけれど、その後に読んだ落語家の桂枝雀さんの、らくごDE枝雀 (ちくま文庫)という対談形式で笑いのメカニズムについて語られている本の内容が素晴らしかったので、その中でも最も重要な、「緊緩の法則」について語られている部分を、ほぼ自分用にまとめることにする。

 

笑いの分類

桂枝雀は、笑いを4つに分類した。

1.知的な笑い『変』
2.情的な笑い『他人のちょっとした困り』
3.生理的な笑い『緊張の緩和』
4.社会的・道徳的な笑い『他人の忌み嫌うこと』ないし『エロがかったこと』

 

一つずつ説明していく。

 

1.知的な笑い『変』

「変」というのはおかしなこと。普通じゃないというのは「緊張」であること。そして、いったん変なことがあってそれから普通の状況に戻ったら、今度は「緩和」されて笑いが起こる。

この場合、必ず最後は普通の状態に戻らないといけない。変なままだと不安が残るので笑うに笑えない。

 

2.情的な笑い『他人のちょっとした困り』
「困り」は「緊張」で、困っていないのが「緩和」。ただし、自分が困っていると笑えないし、いくら他人事でも人間には共感能力があるので、その「困り」がきつすぎるとこれまた笑えないので、『他人のちょっとした』という但し書きが付く。

よく言われる例で、浮浪者が歩いてて転んでも、可哀想だから笑いにはならないが、気取った貴婦人が転ぶと笑いになる。「こいつなら良いだろう」という心理。

 

3.生理的な笑い『緊張の緩和』

人間が「笑う」という状況のすべての根本の要因。1も2もすべては生理的なものの土台の上に成り立っているので結局はこの3に当てはまるのだが、もっとも根底の生理的な部分の説明をすると、例えば赤ちゃんに「いないいないばあ」をする。初めは緊張が勝っているので笑わない。緊張が強すぎて泣く場合もあるだろう。しかし、段々慣れてきたり、信頼の置ける母親が「いないいないばあ」をすると笑う。

これは「ばあ」とした瞬間に緊張が発生するが、両者の間で信頼がある、つまり緩和が土台にある場合には笑いが起こる。赤の他人がいきなり変な顔をしてきても笑えないが、友人が変な顔をしてくると笑えるというのも同じ理屈だ。信頼関係が成り立っているという前提がある友人が変な顔をすると安心して笑えるが、まったく知らない人がいきなり自分に向かって変な顔をしてきても、単に怖いだけである。

 

この「緊張の緩和」は、「緊張」から「緩和」に瞬時に変わった時でないと「笑い」にはならない。そして、「緊張」から「緩和」の落差が大きすぎても、「緊張」しすぎて「緩和」しきれないといった状況になることも考えうるので、そうなると笑えない。

 

4.社会的・道徳的な笑い『他人の忌み嫌うこと』ないし『エロがかったこと』

「他人の忌み嫌うこと」や「エロがかったこと」とは、つまりタブーのことである。タブーとは「緊張」である。その場にいる人数が二人以上になると言ってはいけないことが発生して、それを実際に言った場合、時として笑いになる。

 

言ってはいけないというのが緊張。それを言った後の相手のリアクションによっては緊張が緩和しない場合もあるが、相手が笑っていたり、冗談として通じていれば緩和されて笑いになる。 

1〜3までは人類全てに共通する(もちろん知識などによって個人差はあるが基本的な部分は共通する)が、この4だけは国や文化、考え方が大きく変わってしまうと一切通用しないので、よく国によって笑いの種類が違うと言われるのはこの部分が原因だ。だから。国や世代や性別の違う人を笑わせようと思ったら、1〜3のどれかで笑わせたほうが無難であろう。

 

「緩和の緊張」では笑えないのか?

笑いというのは、「緊張」が「緩和」されて起こる現象のこと。だとしたら、逆の「緩和の緊張」では笑えないのか?結論からいうと、笑えない。SFのショートショートや、ブラックユーモアの作品を見たあとに残るゾーッとした感覚は確かに「緊張」だが、たとえ「緊張」の勝った状態で終わったとしても、「終わった」ということで「緩和」しているのだという理屈。

 

 

サゲ(オチ)の分類

落語にはサゲ(オチ)がある。そのサゲ(オチ)も桂枝雀は4つに分類した。

 

1.ドンデン(合わせ→離れ)
2.謎解き(離れ→合わせ)
3.へん(離れ)
4.合わせ(合わせ)

 

そしてそのサゲには領域区分というものがある。

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「ホンマ領域」という部分が通常の話の筋で、つまり正常なので「緩和」である。そして、この「ホンマ領域」の内外に「ウソ領域」があり、外側が「離れ領域」で、内側が「合わせ領域」の部分になり、どちらも異常なので「緊張」。

 

「離れ領域」というのは、ホンマの世界から離れる、「へん」の領域。常識の枠を出るからウソの領域。しかもとりとめがないのですごく不安定な世界。

 

対して、内側にあるのが「合わせ領域」。これは、「人為的に合わせる」というウソの領域。「合う」という状況も、あまりピッタリ合いすぎると「こしらえた」ということでウソだということが分かる。ただし、「離れ領域」と違い、「合う」ということは型ができるということで安定している。

 

1.ドンデン(合わせ→離れ)

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「ドンデン」とは、「ドンデン返し」のドンデン。

図で見ると分かるように、いったんサゲ前で「合わせ領域」の方へ近づく。つまり、安定に近づくわけで、ここがサゲ前の安心ー「ドン」の部分。そのあとで、「離れ領域」へ「デン」と飛び出したところで「そんなアホな」とサゲになる。

 

2.謎解き(離れ→合わせ)

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「謎解き」は、「ドンデン」の逆で、サゲ前にいったん「離れ領域」ーつまり不安定の側へふくらむ。これが「謎」の部分。そのあと、その謎を解くことによって「合わせ領域」へ入ってきて「なーるほど」ということになる。

 

3.へん(離れ)

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「へん」の場合、「離れ領域」へ出ることでサゲになるのは同じだが、その前の安心がない。「ドン」がなくていきなり「デン」が来るわけで、型としたら四つのうちで最も不安定。

 

4.合わせ(合わせ)

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最後の「合わせ」は、「謎解き」の「謎」の部分のふくらみがなくていきなり「合わせ」てしまう。

 

四つのサゲの相互関係

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Y軸をはさんで、右のほうが「そんなアホな」というサゲ。左側が「なーるほど」と感じるサゲ。また、X軸を境に上下に分けると、上の二つは「緊張」と「緩和」がはっきり区別されているのに対し、下の二つは「緊張と緩和」が混ざってやって来る。

 

桂枝雀の理論によると、全てのネタはこの図の座標上のどこかの一点を占めることになる。そして、この四つのグループも全く孤立しているわけではなく、互いに影響し合ってサゲができている。たとえば、謎を解く手段に「合わせ」を使ったり、謎を解いた結果が「へん」になったり、など。そんな時でも、最終的にどの要素で見ている人が快感を得ているかによって、四つのうちどの型かは、はっきりと分類できる。